大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(う)2674号 判決 1971年3月10日

控訴人 被告人

被告人 谷翰一

弁護人 大塚勝

検察官 丸山源八

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大塚勝提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これらに対して当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一の一の1について。

論旨は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進および集団示威運動に関する条例(以下「都公安条例」と略称する。)三条一項但書の規定は、東京都公安委員会(以下「公安委員会」と略称する。)が許可の条件を付与するについての基準を欠き、包括的事項に関し公安委員会に広範な裁量権を与える結果、同委員会が不当に多くのきびしい条件を付することにより事実上不許可処分をするのと同様の結果を生じさせるおそれがあり、しかもそのような結果の発生を防ぐ制度的保障も欠くので、憲法二一条に違反して無効である、というのである。

そこで考えると、都公安条例三条一項本文によつて許可される集会、集団行進または集団示威運動(以下「集団行動」と略称する。)につき同項但書が必要な条件をつけることができると規定しているのは、集団行動特に集団行進および集団示威運動が平穏かつ秩序正しく行なわれない場合には、往々にして公共の秩序を乱し、地域住民、滞在者等の基本的人権を侵害することがあるため、かかる事態を防止するためにほかならないと解されるが、その場合につけられる条件は、それによつて集団行動による表現の自由を本質的に抑圧するようなものであつてはならないのはもちろん、そうでないものであつても、集団行動の日時、場所、規模、態様、地域の実情等に応じ、その条件によつて規制される行為の憲法上の意義とこれによつて侵害される地域住民等の利益とを慎重かつ細心に比較衡量したうえ、必要な最小限度のものに止められるべきものであることは、事が日本国憲法の保障する表現の自由ないしはその他の自由権に関係するものである以上、いうをまたないところである。そして、これらの条件は、その性質上、前記のような具体的諸事情に即して必要な限度で付せられるものであることを考えると、画一的規制の弊害を避けるためにも、これをつけることを公安委員会に委任し、これにある程度の裁量権を認めることはけだしやむを得ない相当な措置であるといわなければならない。ところで、本件都公安条例三条一項但書をみるのに、公安委員会が条件をつけることができるのは、同条一項各号に列記された事項に限られているのであるし、その付する具体的条件が前記のような趣旨で必要最小限度に止められるべきものであることは右各号の内容および条例全体の趣旨からしておのずから明らかであるから、条件の付与に関し決して公安委員会の恣意を認めているものではなく、いわんや事実上不許可にするのと同一の結果を生ずるような条件付与を許すものでないことは多言を要しないところである。

なお、右条例自体に公安委員会の条件付与に際しての権限濫用を抑制する制度的保障に関する規定を欠いていることは所論のとおりであるけれども、その濫用に対しては行政訴訟により条件付与の処分取消等を求め、あわせて処分の執行停止を申立てることもできるのであるし、事後的にではあるが、損害賠償の請求、罰則適用にあたつての条件の当否の判断等司法的救済の途が開かれているのであつて、このことにも留意しておかなければならない。

してみれば、都公安条例三条一項但書の規定自体が、憲法二一条に違反し無効であるとの論旨は理由がないといわざるを得ない。同第一の一の2について。

論旨は、都公安条例五条のうち三条一項但書の規定による条件に違反した主催者らを処罰する部分は、公安委員会の付与する条件によつて犯罪構成要件の具体的内容が補充される白地刑罰法規であるから憲法三一条に違反し無効だ、というのであるが、それは、都公安条例五条のうちの所論指摘の部分は公安委員会に対する刑罰法規制定の再委任であり、右のような再委任は地方自治法一四条五項の許容するところでないから、右の部分は法律によらなければ刑罰を科せられないとする憲法三一条に違反するという趣旨であると解される。

しかしながら、都公安条例五条中の所論指摘の部分は、それ自体で完成された刑罰法規をなしているのであつて、同条例三条一項但書が公安委員会に条件の付与を委任しているのは、公安委員会に刑罰法規そのものの制定を委任しているわけではない。右の部分の構成要件は、「第三条第一項但し書の規定による条件……に違反して行われた集会、集団行進又は集団示威運動の主催者、指導者又は煽動者」ということなのであつて、公安委員会が条件をつける行為は、一の行政処分であり、その条件に違反したという事実が右の構成要件に該当することになるのである。したがつて、条件を付することをもつて刑罰法規の再委任であると解する所論は、採用することができない。ただ、右のように、公安委員会の定める条件に違反するということを構成要件として規定することはその条件の内容があらかじめ刑罰法規によつて明らかにされていないため、いかなる行為が処罰されるかは具体的には公安委員会の定めによつて決まるわけで、構成要件の定めとしては相当抽象的であることを免れず、もし公安委員会の付した条件が不当なものであれば不当な処罰を招来することになるから、都公安条例五条の前記部分は、そのような抽象的な構成要件を定めた点においてたしかに問題がないわけではない。しかしながら、一般的にいつて、刑罰法規が構成要件を定める場合、その行為をあらかじめ具体的に刑罰法規中に規定しておくことが望ましいことはもちろんであるけれども、場合によつては個々の事情に応じて行政官庁に行為の命令・禁止・制限の権限を与え、その違反行為を処罰する旨を規定しておくことの必要性ないしは合理性も否定しがたいのであつて、その場合、行政官庁の命令・禁止・制限等が恣意にわたらないよう法律上の配慮がなされているかぎり、右のような抽象的な構成要件を定めることも許されるところだといわなければならない。ところで、都公安条例の場合、集団行動に関する条件を条例自体で画一的に規定することは適当でなく、その決定を公安委員会に委任したことに合理的な理由があることはすでに説明したとおりであり、そして、他方、都公安条例三条一項但書によれば、条件を付すべき事項は限定されており、またその条件の内容も、すでに控訴趣意第一の一の1について述べたように、条例の趣旨からして限度があるのであつて、その当否は司法審査にも服するのであるから、条件付与が恣意に流れないための配慮もなされているということができる。そうであるとすれば、同条例五条の所論指摘の部分の構成要件が抽象的であることは認めざるをえないにしても、右の程度の必要性と配慮とが存在するかぎり、これをもつて罪刑法定主義に反する違憲のものということはできない。これを要するに、論旨は理由がない。

同第一の一の3について。

論旨は、本件において公安委員会が付した条件のうち「だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みおよび先行てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランスデモ等交通秩序をみだす行為をしないこと」という条件は、交通秩序をみだすという概念自体不明確、多義的であるばかりでなく、条件として例示された「だ行進、うず巻行進ことさらなかけ足行進」等がその行なわれる場所、時間等具体的な態様によつてなんら交通阻害を生じない場合があるにもかかわらず、一律に交通秩序をみだす行為としてこれを実施した場合「条件違反」として処罰の対象とするのは合理的根拠を欠き、憲法三一条が定めた罪刑法定主義に反し無効である、さらに右条件として例示された「かけ足行進」「だ行進」「うず巻き行進」等は本来集団的表現の一つの方法であるが、これを無視し、一律無差別に不明確な「交通秩序をみだす」行為として可罰的に禁ずることは道路交通上の利益を常に集団行動に優先させ、集団的表現の自由を侵すことになり、憲法二一条に違反し無効である、というのである。

そこで検討すると、所論の条件の中の「交通秩序をみだす」という概念が不明確かつ多義的であることはたしかに否定しがたいところであるけれども、所論指摘の条件のうち本件で違反したとされているものは、そこに明示的に列挙された「だ(蛇)行進」「うず巻き行進」等をしないという条件なのであつて、これらの明示された各条件の内容は社会の一般常識から考えて了解が困難な概念であるとは認められず、その概念が不明確なために無効なものであるとは解しがたい。また、これらの条件に違反する行為は、本件集団行動の行なわれる日時、その進路の交通幅湊の状態、集団行動の規模、態様等の具体的状況にかんがみれば、現実に交通秩序をみだすおそれのある行為であることが明らかであるから、かかる条件の違反を処罰の対象とすることが合理的根拠を欠き憲法三一条に違反するものともいえない。

なお、「だ行進」「うず巻き行進」等が集団的表現の一つの形態であるという所論の主張自体は認められないことではないにしても、右のような形態の表現方法をとらなければ当該集団示威運動の表現の目的を達成することができないとはいえない反面、かかる行為が著しく交通秩序を妨げ地域住民等の利益を害すること、場合によつては勢の赴くところ公衆の身体・生命等にも不測の害を加えるおそれがあることを考えれば、本件の場合かかる行為が条件によつて禁止されることは憲法の保障する表現の自由に内在する制約にほかならないから、不当にその自由を侵害するものではなく、これをもつて平穏かつ秩序ある集団行動に伴つて必然的になにがしかの交通の妨害を生ずる場合と同一に論ずることはできない。それゆえこの条件をつけることが道路交通上の利益を常に集団行動に優先させることになるとの所論も採用の限りでない。

以上の次第で、本論旨もまた理由がない。

同第一の二について。

論旨は、都公安条例四条は警察官職務執行法(以下「警職法」という。)五条の範囲を越える事項を規定したもので憲法九四条に違反し無効のものであるから、これを根拠とする原判示警察官らの制止行為も正当な職務行為とはいえず、したがつてこれに抵抗した被告人の行為に対し刑法九五条一項を適用して有罪とした原判決は法令の適用を誤つたものだ、というのである。

よつて検討してみるのに、原判決の挙示する証拠によれば、まず、原判示第二の(2) の暴行の対象となつた警視庁機動隊員は、学生らが原判示米国陸軍キヤンプ内に不法に侵入しようとした場合これを阻止するために同キヤンプ王子正門前で警戒に当たつていたものであつて、都公安条例四条による制止その他の措置に従事していたものとは認めがたい。したがつて、都公安条例四条の違憲無効をいう論旨はこの点に関してはその前提を欠くものであり、そして、右のようにキヤンプ内への不法侵入を阻止するためその正門前で警戒に当たることが警察官としての正当な職務の執行であることは当然であるから、これに対する原判示暴行に対し原判決が刑法九五条一項を適用し公務執行妨害罪の成立を認めたことにはなんら誤りがあるとはいえない。

次に、原判示第二の(1) の投石を受けた警察官についてみると、原判決の挙示する証拠によると、右の警察官らは、原判示地点の交差点において、本件集団示威運動の隊列が許可された進路を進まず別の姥ケ橋方面に向かう道路に進入するおそれがあることを考えてその場合にはこれを阻止するためその道路の入口に当たる路上に横隊をなして立つていたもので、原判示投石当時はまだ不法な路線変更もこれに対する都公安条例四条による制止等の措置も行なわれていなかつたことが認められる。ただ、この場合は、もし隊列が許可された進路を無視して別の道路に入ろうとする事態が生ずれば当該警察官として当然都公安条例四条によりこれを制止する等の措置をとることが予想され、そのために路上で警戒していたものであるからその関係で所論のいう右条例四条の合憲性の問題につき一応判断を加えておく必要があると思われる。

そこで、考えてみるのに、警職法五条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であり、都公安条例四条は集団行動が同条例に違反して行なわれた場合に警視総監に対し警告、制止その他所要の措置をとる権限を認めた規定であつて、この両者が一見類似した規定であることは認めざるをえないところである。しかしながら、この両規定をよく注意して読めば、前者は犯罪がまさに行なわれようとしている場合すなわちまだ犯罪の実行される前の段階を規定したものであるのに対し、後者はすでに条例に違反した行為が行なわれた段階のことを規定したもので、規定の対象を明らかに異にしているからその点ではこの両規定は牴触するものとはいえない。また、警職法がその五条において犯罪のまさに行なわれようとしている場合の警察官の権限だけを規定しているからといつて、進んで犯罪ないし違法行為がすでに行なわれた段階における警察官のなんらかの権限を否定しているものとはいえないし、その点に関し他の法令が特定の場合に関し必要と認める規定を設けることを禁じているものとも解されない。けだし、同法五条の規定する場合は、まさに行なわれようとしているとはいえ、ともかく犯罪行為実行前のことであるから、これに対する警察官の介入については、基本的人権保障の観点から慎重にその要件と限度とを規定する必要があるため同条が設けられたものと考えられるが、これに対し進んで犯罪ないし違法行為が現に行なわれている場合には、これを阻止することは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であつて、あえてその阻止の権限につき警職法において特段の規定をするまでの必要がないため同法に規定を置かなかつたものと解されるからである(所論の引用する警職法一条一項の目的規定によつても、同法が警察官の職権職務遂行のための手段のすべてを規定したものであり、同法に規定のない事項に関してはなんら権限を認めていないとまでは解せられない。ことに同法がその五条において犯罪実行以前における警告、制止等の権限を認めながら、一歩進んで実行の段階に至つた場合の制止等の権限を否定しているとは、とうてい考えることができないのである。)。したがつて、その意味では、都公安条例四条がすでに同条例違反の行為が行なわれた場合につき警告、制止その他の所要の措置をとる権限を規定したことは、当然のことを規定したものとも考えられないことはないのであるが、同条例が憲法二一条の表現の自由の保障と密接な関係にあることにかんがみ、その措置が「公共の秩序を維持するため、……必要な限度において」とらるべきことを強調することに大きな意味があり、かたがた原判決も指摘するようにその対象となる行為が犯罪とならない単なる参加者の違法行為である場合もあることなどをも考慮すると、このような規定を条例中に設けたことには合理的な理由があると考えられる。してみると、都公安条例四条は、警職法五条および同法の趣旨になんら反するものではないから、憲法九四条および地方自治法一四条一項のいずれにも違反するものではなく、したがつて、同条例四条による制止等の措置をとることのあるべきことを予想して警戒に当たつていた原判示第二の(1) の警察官の職務執行を違法とすべき理由のないことは明らかである。それゆえ、この点の所論も採用することはできない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中野次雄 判事 藤野英一 判事 粕谷俊治)

弁護人大塚勝の控訴趣意

第一、法令適用の誤

一、都条例の違憲性

原判決が被告人谷、同岡部の公訴事実第一1・2の事実につき昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下都条例という)第五条、第三条第一項但書を適用したのは法令の適用を誤つたものである。

即ち、右都条例は以下に記述するとおり違憲無効なものであるから、かかる条例を適用して右被告人らを有罪にしたのは法令の適用を誤りかつそれは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

1 都条例第三条第一項但書の規定は憲法に違反して無効である。

右主張に対し、原判決は「しかし都公安条例第三条第一項但書により付与する条件は集会、集団行進又は集団示威運動(以下集団行動等という)の規模態様日時場所、進路の交通状況等諸般の情況を具体的に検討考量して判断さるべき性質のものであるから、これを公安委員会の裁量にゆだねるのもけだし止むを得ないことであると同時に、その付与条件の基準は同条第一項本文に照らして明らかな如く表現の自由と公共の福祉との調和の観点に立ち集団行動等の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる事柄について必要かつ最少限度に事前の措置を講ずることにありその範囲は同条第一項各号に定める事項に限定されるものであつて、公安委員会に広範な裁量を許しているものでないことは同条の規定上明らかである。」と判示し、弁護人の主張を斥けた。しかしながら右判断は不当である。

即ち公安委員会が附する条件は公安委員会が「必要と認める」条件であつて何んらの基準もなくそれは全く公安委員会の裁量に委されているのである。したがつて原判決の判断のごとく「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる事柄について必要かつ最少限度の措置を構ずることにあり……」としても問題は「最少限度」とはいかなる基準を云うのか全く不明であるしかつ最少限度の判断も公安委員会の判断によるのである。

詳細は、昭和四四年七月一五日付弁論要旨第二項1に記述したとおりであるからこれを援用する。

2 都条例第五条の違憲性

都条例第五条のうち第三条第一項但書の規定による条件違反の集団行動の主催者らを処罰する規定は白地刑罰法規であり公安委員会が付与する条件によつて犯罪構成要件の具体的内容が補充されるので憲法第三条に違反し無効である。

弁護人の右主張に対し原判決は

「しかし条例は直接国民の意思を反映する手続構造をとらない行政府の命令と異なり憲法が特に民主主義政治組織の欠くべからざる構成として保障する地方自治の本旨に基づき直接憲法第九四条により法律の範囲において制定する権能を認められ住民の代表機関である地方議会の議決を経て成立する自治立法であるから条例中の罰則規定の一部を法律の授権の範囲内で合理的必要がありかつ具体的に限定された事項について更にそれ以下の機関に再委任することは許されるものと解すべきでありこの様に解しても、人民の承認に基づかないで権利自由を侵害されないという民主主義の原理はそこなわれないと考える。ところで都公安条例第五条のうち第三条第一項但書の規定による条件違反の集団行動等の主催者らを処罰する規定が地方自治法第一四条第五項の範囲内にあるかどうかについて考察するに条例も又法律と同様の立法過程を経るため実際の必要と立法技術上の要請からその権限の一部を下部機関に委任するいわゆる委任命令を定めざるを得ないのはけだし止むを得ないことである。しかして必要かつ合理的な範囲で犯罪構成要件の補充の権限を下部機関に委任することも又しかりであり罰則を定めた地方自治法第一四条第五項もこの理を前提としているものと解され……」と判断して、都条例第五条のうち第三条第一項但書の規定は憲法第三一条に違反しないと判示した。

しかしながら右判断は「実際の必要性と立法技術の要請」から現行法律体系を無視した独断であつてかかる判断が誤つていること明らかである。詳細は前記弁論要旨第二項2に記述したとおりである。

参照 昭和四三年七月九日横浜地裁判決

3 本件デモに付与された「条件」即ち交通秩序に関する事項は憲法第三一条ならびに第二一条に違反し無効である。

右主張につき原判決は、「……従つて事前の規制としてなされる「交通秩序維持に関する事項」とは、その集団行動が純粋に表現の自由の行使を逸脱して行なわれる交通秩序をみだす行為を禁ずることにある。しかして、本件において公安委員会に付した条件は本件集団示威運動の行なわれた王子一丁目から王子本町に至る道路の交通事情を勘案し、特に右附近が都内でも有数の人口稠密な市街地の交通輻湊している街路において交通量の多い時間帯で行なわれることを考量し、かつ、「だ行進うず巻行進ことさらなかけ足行進おそ足行進停滞すわり込みおよび先行てい団との併進追越しまたはいわゆるフランスデモ」等が後述の如く平穏かつ秩序ある表現の自由の範囲を逸脱するものである以上これを禁じたことはけだし必要止むを得ない規制であつて」「……更にかけ足行進」「だ行進」「うず巻行進」等がアツピール乃至抗議としての集団的表現方法として最も効果的であるとしても、集団行動等は憲法第二一条により保障されている本来平穏に秩序を重んじてなさるべき表現の自由の行使であるべきであつて、「かけ足行進」「だ行進」等は重篤な交通秩序の混乱を生ぜしめさらにこれを自由に許すならば純粋な表現の自由の行使の範囲を逸脱し静ひつを乱し暴力に発展する虞さえあるのであるから斯様な行進を事前に規制するとしても憲法第二一条の保障する表現の自由を侵害したとはいえない。」と判断している。

右判断は誤りである。即ち「事前の規制としてなされる交通秩序維持に関する事項とは、その集団行動に純粋に表現の自由の行使を逸脱して行われる交通秩序をみだす行為を禁ずることにある。」との判示は弁護人主張の「交通秩序をみだす」というきわめて名義的かつ不明確な概念は具体的にどのような内容をもつのであるか全く答えておらず更に「だ行進・うず巻行進……等が平穏かつ秩序ある表現の自由の範囲を逸脱するものである以上」等と独断しているのであつて、かかる判断はきわめて不当である。又「さらにこれと(かけ足行進だ行進等)を自由に許すならば純粋な表現の自由の行使の範囲を逸脱し静ひつを乱し暴力に発展するおそれさえあるのであるから……」と判断しているがかかる判断は原審が集団行動に対して憲法上権利性を否定し潜在的暴徒であるとの予断をもつているからにほかならない。詳細は前記弁論要旨第二項3に記述したとおりであるからこれを援用する。

二、警察官の職務行為の違憲、違法性

被告人谷、同岡部の投石行為等につき、公務執行妨害として刑法第九五条第一項を適用したのは、法令の適用を誤つたものである。

即ち警察官の本件制止行為は都条例第四条にもとづくものであるところ、右都条例第四条は憲法第九四条に違反し無効であるからかかる違憲・無効の条例に根拠を有する制止行為も、正当な職務行為とは云えず違憲違法なものである。

したがつて、かかる違憲・違法は職務行為に対し、被告人らが抵抗したとしても職務行為自体が公務として保護するに値しないのであるから公務執行妨害に当らない。かかる行為に対して刑法第九五条第一項を適用し有罪としたのは明らかに法令の適用を誤つたものであり判決に影響を及ぼすこと明白である。

原判決は都条例第四条は警職法第五条の範囲をこえるものであつて憲法第九四条に違反し無効であるとの弁護人の主張に対し、「しかしながら警察官職務執行法第五条の即時強制は犯罪の予防及び制止を目的とし、もつぱら犯罪行為一般をその規制の対象としているのに対し、都公安条例第四条は違法に行なわれた集団行動等の参加者に対して公共の安寧秩序保持のため表現の自由を逸脱した行為を即時強制の方法で規制しようとするものであつてその規制の対象となるべき行為が犯罪行為を組成するかどうかを問わない。要するに警察官職務執行法第五条と都公安条例第四条とは単にその規定の趣旨目的を異にするのみならず、規制の対象をも異にする。従つて警察官職務執行法第五条は都公安条例第四条との関係で地方自治法第一四条第一、二項にいう「法令に特別の定めがあるもの」の場合に当らないとともに警察官職務執行法は、犯罪行為以外の行為について警察官による行政上の即時強制を禁じている趣旨に解すべき理由はないから都公安条例第四条により集団行動等による表現の自由の逸脱行使に対し即時強制権を発動しうるとしても地方自治法第一四条一項にいう「法令に違反した条例を制定したものとは言えない。」と判断している。

即ち原判決は警職法と都条例第四条とは趣旨目的を異にし規制の対象をも異にするというのである。しかしながら警職法第一条第一項の「公共の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するため必要な手段を定めることを目的とする」との規定から明らかなとおり、犯罪の予防制止のみならず行政上の即時強制も当然含まれている。更に集団に対する規制を対象としていることも明白である。したがつて趣旨目的規制の対象が異なるとの判断は原審の独断であつて誤りである。そうすると目的・趣旨・対象を同じくする分野においては法律の定める規制が最大限であつて、これを超える条例は無効といわざるをえない。

本件都条例第四条は警職法の規制の範囲をこえること明らかであるから憲法第九四条に違反し無効というべきである。詳細は前記弁論要旨第二項4に記述したとおりであるからこれを援用する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例